みなさま「ナンガ デフ(Na nga def)?」
フリーランス看護師のファトゥです。
今日は「ナンガ デフ」をローマ字で書いてみました。
Na nga def?→(直訳)どう あなた してること? って感じです。
この表記、ちょっと不思議な感じかも?とお察しします。
これは、ウオロフ語の「音」を、ローマ字で表したものです。
ウオロフ語は、文字を持たない言語(カタカナや平仮名がない)なので、紙やPCに書く場合にはローマ字を充てます。
すなはち、ウオロフ語の授業でノートを取る時は、聞こえてくる音をそのまま
ローマ字で書く
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正解なし
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フィーリングでOK!
[ウンチク -その1- ]
セネガルは、というか、ウオロフ語を話す地域では(あえて国名ではなく「地域」といいます。
たとえば隣国のギニアでも、ウオロフ語が通じたりするからです)、グリオと呼ばれる人々によって、土地の音楽と物語(神話)が口伝で伝えられてきました。
グリオは歌唱や踊りによって、そこに暮らす人々の喜びや悲しみを表現してきた人々で、時に霊的なチカラを持ったといわれています。
グリオは今も、少数ながら、います。
この事実に私はときめきます。
あるコトバの意味が、わかる人にしかわからない。
おそらく辞書がなかった時代、人は想像力で伝えあったのだろうと思います。
今の時代、翻訳機もたくさんありますが、その土地で語られる「言語」を自分で操るってことは、すっごく面白いです。
言語の成り立ちが、その場所の歴史を、物語っているからです。
もしこの世界に、グリオにしか語れない言語があるとしたら。
そんな世界に私は憧れます。
たとえばエンヤが歌うケルト(ゲール語)や、北方に暮らす先住民の言語の中には、文字をもたないものが多数存在します。
アラスカやカナダには、TlingitやHaidaなどの先住民がいます。
私の友人ボブはアラスカ先住民Tlingitのストーリーテラーです。
彼の声音で語られる神話(Tlingit語と英語の両方を用いる)は、心の深い場所で響きます。すっごく素敵です。
アラスカ先住民に興味をもたれた方はぜひ、写真家・星野道夫さんのエッセイを手に取ってみてください。
[ウンチク -その2- ]
さて、私は英語と仏語とウオロフ語(+北海道弁)が話せるのですが、言語を学んでいてとても面白いのは、人間が意思疎通しようとする場面では、どの言語にも同じように、あるモノやある気持ちに、同じように単語がある!って気づくことです。
当たり前じゃん、って感じですが、全く違う言語の中で育った人間同士が、ある事象を同じように分かり合えたと信じている。
仔細まで分かりあえているのかは不明だが、なんとなく、こうだよね?って感じ合っている。それって、面白くないですか?国際結婚て、何となくの連続なのではないか?
すみません、ウンチク長くなりました、、ペコリm(__)m
今日のブログは前回を省みて、はじめから私の看護師人生を振りかえるつもりが、またもや脱線の兆候あり、、
どんな道を経て、いま、フリーランスという場所にいるのか、話をもとに戻します!
フリーランス看護師になるまでには、やはり多少の修行が、要りました。
(いや、看護師が専門職である以上、そしてフリーランスだからこそ、永遠に修行とも言えるのか。
いや、同じ場所で看護師ルーティンを熟す=「こなす」にしろ、やはり、熟す=「じゅくす」ことは必要か。)
まず、
<看護師前半戦:看護学校を出てから、21~25歳くらいまで>
- 新卒→大学病院の口腔外科病棟へ。
ドクターは全員歯医者さんだった。 - 2,3年目→健診部門でひたすらバリウム検査の前処置。
元気なオトナに発泡剤を飲んでもらい、胃を拡げる。
2年間「ゲップは我慢です!」と言い続ける。 - 北海道大学文学部哲学科へ3年次編入(修道院のような研究棟へ潜入)
↑この時2.のバイトをしていた。
文学部を卒業したら、地元でまた看護師のスキルを磨こうと思い、とある中堅総合病院を受けました。
しかし見事に不採用、、、なぜだwhy…?
文学部とか、マニアックに思われたか?
面接で、やらかしたか?
(次回へ続く)