Vol.011 相棒
以前勤務していたクリニックは、下町情緒が残るところでした。
年齢層も上は95歳、下は0歳と幅が広く様々な患者さんがお見えになりました。
一人暮らしのIさん、膝が悪く歩行も儘なりません。二人の娘さんは嫁いで別に住んでいるので、なかなかIさんのところには来れません。Iさんと一緒に住んでいるのは愛犬だけ。この愛犬も老犬で、目は白内障、足もよろよろしています。Iさんはご主人が残してくれた海のそばに別荘があり、畑もあるので、1ヶ月程滞在しています。いつもは娘さんの車で愛犬を連れて帰ります。
ある日、別荘に帰っているはずのIさんがクリニックの前で座り込んでいます。
「昨日、急に胸が痛んで帰ってきた。タクシーを使って。」と言うのです。別荘は車で2時間はかかります。
いろいろ検査をしましたが、結果は異常なし。
よく話しを聞くと、昨夜、娘さんと電話で言い合いになりその後、胸が苦しくなってしまったそうです。
何日かしてから散歩をしているIさんにお会いしました。腰に縄をむすび、その先に愛犬。
娘さんとは仲直りしたそうです。話終わるとIさんは愛犬と道路をゆっくり横断し公園へ消えていきました。車を止めているのも気にせず・・・。
独居老人は最近社会問題になりつつあります。Iさんを含め一人暮らしのお年寄りは不安が強くなると毎日のようにクリニックを訪れることがあります。少しでも不安が軽減するよう、町の灯台のような存在でありたいと思いました。